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ナナコが、学校から膨大な製作物を大きな袋で持ち帰ってきた。

図工で書いた絵。
アサガオの観察日記。
遠足の時の絵。
紙粘土で作ったなんだかわからないもの。

これを18時過ぎに自宅に帰るなり、ひとつひとつ説明を始めるので、全く何もできない。
つい最近、
「ママっていつも、すごいね!しか言わないよね。」
と注意されたばかりなので、迂闊に適当な相槌も打てない。
もちろん、ゴミの山を持ち帰ってきた、なんて、ちらりとも考えることは許されないのである。

しぶしぶ、着替えも猫の餌もそっちのけで説明を聞いていると、やっぱりこの1年で成長したよね、と思う。
鳥が大好きなナナコは本当に鳥の絵が上手だった。
製作物を入れるために学校で配布されたと思われる不敷布の大きなバッグには、虹と富士山と音符の絵。
反対側にはパパとママとリョウと猫の絵が書いてあった。

毎日子供たちに怒ってばっかりの私だけど、いつ、手元から離れていってしまうのだろう。
今が一番幸せなのかな。
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今年度がもう少しで終わり、4月から新しい年度が始まる。

そして、来年度の私ときたら、
*学校の役員
*学童の役員
*自治会の組長
と、三役も引き受けてしまい、小心者の私はなにもしていない時でも頭がパニックなのだ。

来週
2/28に学校の役員の係が決定。
3/4に学童の役員の係が決定。
3/11に自治会役員の係が決定。

学校の役員は、仕事を理由に係を選ぶことができないと聞いて、いろいろな係の中の全ての役割について、自分がその係になってしまったときのことをシミュレーションしてみた。

学童の役員は、平日に何かをすることはないそうだが、それでも中心になって立ち回る必要がある会長にはなりたくない。
でも、それはみんな同じだよね…。

蚤の心臓しか持ち合わせていない私はどきどき、はらはらで、仕事も多忙になることが予想されているので、なおいっそう、来年度1年間の生活が想像できない。

どうしよう。
どうしよう。

来週から、パンドラの箱が次々に開きます。

「大変」という字は、自分が大きく変われるとき。
その言葉を支えに、来年度に挑みます。

踊る阿呆に見る阿呆。
同じ阿呆ならおどらにゃ損損。

どうせやるなら、楽しく、自分の糧になることをしたいです。

ナナコが通っているヤマハ音楽教室幼児科が、今年の4月で終わる。
次のジュニア科に進むか否か、1月末までに返事をしなければならない。

保育園の時に、お友達がやっているから自分もやってみたいと言い出し、一年遅れで始めたヤマハの幼児科。
小学1年生でようやく卒業だ。

ヤマハを楽しみにして通っていたのは最初の半年。
幼児科は2年も続くと言うのに、1年目の後半から惰性で通っている感じになった。
せっかく買った電子ピアノも、私に促されてやっとこさ、ほんのちょっと弾いておしまい。
ヤマハに行けば、調子が良いときは楽しくやるが、うまくいかないとか、何か機嫌を損ねると途端に何もしなくなる。

そんな日々にうんざりし、途中でもやめてさせてしまいたい、と思っていた。
しかし、せっかく買った電子ピアノは勿体ないし、少しずつでも弾けるようになってきたピアノをやめるのも惜しい、と言う気持ちも大いにあり、ナナコ自身も、幼児科は最後までやる、と言うのでなんとか、かんとかここまで続けてきた。

ようやく幼児科の終わりが見えてきてほっとしているところだが、ここでやめてしまうのが良いのか、ヤマハの次のステップに進むのが良いのか、ここ何週間も一人で悩み続けている。

ナナコのヤマハやピアノに向き合う気持ちのなさに嫌気がさし、もう何ヵ月もヤマハに付き添うのを夫にバトンタッチした。
でも、平日、帰宅してからピアノの練習をしなさい、と良い続けるのは私なのだ。

ナナコに聞くと、話をはぐらかされる。
続けたい?と聞くと、続けたいと言う。
やめてもいいかと聞くと、いいよと言う。
真面目に話してるのには真面目な返事は返ってこない。

長らくヤマハに付き添っている夫に、どうするかナナコと話し合ってよ、と言うと、ナナコに「どうする?続ける?」と声をかけ、ナナコの「続けるー」と言う軽い返事に、続けるだって、とそのまま私に返す。

自宅の近くで個人レッスンをやっている所もあるから、そういうところに通っても良いんだよ、と夫とナナコに言ってみたが、夫からは返事がなく、ナナコからはあまり気が進まない返事。
まぁナナコは仕方ない。
どんなところか、どんな先生で、どんなことをするかも分からない。たった一人でのレッスンなんて不安だらけだからね。

「みんなと一緒がいいなー」と言うナナコだが、ヤマハに行ったって他の子と仲が良いわけでもない。お話しだってしない。
別に今の教室の子と離れたくない、とかそんな理由があるとは思えない。

せっかく少し弾けるようになってきたピアノをやめさせたくないから続けさせたい、と言う夫と、ナナコ本人が本当に続けたい、という思いがない限りやめさせたいという思いの私。
だってね。
月謝も高いし、毎日練習を促すのも私。
単なる習い事に、高いお金払って、私もナナコもお互い嫌な気持ちになることもないでしょうよ。

どーする、私。
どーする、ヤマハへの継続意思表示。

長くなったので続く。

今日は、情報処理試験の合格発表の日。

もう、何年間受験しているんだろう。
もう、何回、同じ区分を受験しているんだろう。

普通に勉強すれば、一回や二回で合格できるほどのものなので、ネットで堂々と何回も受験していることを公言すること自体、かなり恥ずかしい行為と言って良い。

毎年、春と秋の二回。
受けては落ちて、受けては落ちて、たいして勉強する時間も取れないのだから、落ちても当たり前なのに、不合格の通知は、かなりの破壊力を持って毎回私を襲っていた。

プールの進級テストに合格しては着実に級をあげているナナコにも、
「ママ、私が六年生になるまでには合格してね。」
と励まされていた。

情報処理試験の合格発表はネットで分かる。
受験票には、受験番号とパスワードが書かれていて、合格発表の日に情報処理推進機構のページにアクセスし、受験番号とパスワードを入力すれば、テストの点数と合否が分かる。

何年間も、このページにアクセスしては
「不合格です。」
の文字に泣かされてきた。

今日の昼休み。
恐る恐るこのページにアクセスしてみた。
結果を見たいけど、見たくない。
あ、この感覚。
同じようにクリスマスに近い12月のある日。
不妊治療で、採卵した卵の凍結確認をしたときの感覚にそっくり。
デジャブだ。
聞いても聞かなくても、結果は変わらないのに、知りたいが知るのがこわい。
この時ははじめて胚盤胞になって、神さまにありったけ感謝したっけ。

そんなことを思い出しながら、合否の結果のページを開いて、スマホをチラリと目の端で一瞬だけ見てみるとですね。

「合格です。」

の文字が見えた。
合格?合格?
えーっ本当?
今度はしっかりと両目でまじまじと合否のページを眺めてみた。

合格だ!
いつも見慣れた「不」の文字が入っていない!!!

もう、嬉しくて、でも信じられなくて、合格証書が届くまでは、どきどきです。

うちの会社では、情報処理試験に合格すると、報償金として10万円貰えることになっており、前々から、合格したら子どもたちに良い敷き布団を買ってあげたいと思っていた。(今使っている子ども用の布団はペラペラなんです)

早く合格証書届かないかな。
すぐ届くのかと思いきや、発送は1月なんですって。

先日、小学校の授業参観&懇談会があった。
ナナコが通う小学校では、PTAはないのだけど、その代わりに保護者会みたいなものと、校外の活動を行う校外役員がある。
そして、子ども一人につき、卒業するまでに必ず一回は役員を行うことという決まりがあり、役員をいつやったかと言う記録も残される。
保護者会の役員は1クラスにつき二人で、校外役員は1クラスにつき一人だが、校外役員には種類があり、大変な係もある上に保護者会役員よりもやることが多いらしい。(どちらもやったことがないので分からない)
従って、校外役員を決める際にはいつも苦労するのだそうだ。

そして、今回の懇談会では、その校外役員を選出することになっていた。
みんな、やりたくないのでどきどきしながら、それでもまだ1年生なので懇談会の出席者も多かった。

誰かやってくれる人はいませんか、の保護者会役員の声に黙り混むみんな。
先生も毎年のことなので苦笑している。

それでもね。
私、頑張ったんです。
私、引き受けます、といってしまいました。
あぁ、本当に仕事しながら務まるのか?
悩みに悩みましたが、それでも引き受けました。

理由は、
どうせどこかで何かやらなければいけないなら、低学年のうちにやってしまいたかったこと。
来年の保護者会役員になれる保証がないこと。(みんな早いうちにやってしまいたいので、今年の保護者会役員は立候補者が多く、私はじゃんけんで敗れてしまった)
学校関係の保護者の知り合いが少ないこと。
早いうちから学校の活動を知っておけば、それなりに学校側の活動や考えも分かり、保護者としての学校生活も有意義な時間が増えるのではないかと思ったこと。
など。
もちろん、仕事している身であり、あまりにも負担が大きかったらドウシヨウと不安も大きいのですが、ま、苦労は買ってでもせよ、と言うし。
あ、それは若いときの苦労か。

とにかく、何か得るものも何かしらあると信じて、来年度頑張ります。
でも、やっぱり、軽い役だといいなあ。
どうか軽い役になりますように!
プロフィール

kuromamma

Author:kuromamma
38歳で初期流産。
40歳で妊娠&女の子出産。
不妊治療の末、43歳でやっと男の子を授かりました。

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